和顔愛語

和顔愛語

和顔愛語(わがんあいご)という言葉は、他人に対して親しみやすく穏やかな表情で接し、優しい言葉をかけるという意味です。

今年65歳を迎える私ですが、同世代の友人たちはぼちぼち引退する人も出てきました。
75歳くらいまでは現役でいたいと思っている私も、もの忘れが増えたり、思うように体が動かなかったり、ときおり年齢を感じるようになってきました。
この先も、これまでの流れのままに生きるのではなく、一旦立ち止まってこれまでの人生を振り返り、新たな気持ちで生きていく必要があると感じていました。

そんな折りに、人生最大のピンチが訪れました。
がん宣告を受けたのです・・・。

まだどれくらい悪いがんなのかなど、詳しいことは分かっていませんが、人生にはタイムリミットがあるのだということを痛感しました。
このまま漫然と時を過ごしてはいけない。何か生きた証を残したい。もっと家族や会社のために役に立ちたい。社会のためにもできることをしたい。

そんな境地の中で、ブログを立ち上げることを思いつきました。

何人かの人に、ちょっと立ち止まって休むときだよと言われました。
たしかにそうかもしれません。

これまでの私は、とにかく走りつづけてきた人生でした。

40代で経営者になってからは、会社を早く成長させなければいけないという焦りもあって、従業員の尻をたたき続けてきました。
自分の思いどおりにならない人には怒りをぶつけ、傷つけてきたと思います。
多くの従業員が入社し、退社していきました・・・。

家族のためにもできるだけのことをやってきました。
若い頃は土日が休めない仕事でしたから、平日に子どもを休ませてスキーに行ったりもしました。
やり過ぎと言われることもありましたが、子どもの成長の役に立つことはできるだけさせてあげたいという思いが勝っていました。

自分流に生きたことでさまざまな摩擦も生んできました。
反省することばかりです。

私は、若い頃に読んだ『青年の書』(谷口雅春著)に大きく影響されました。
この本で学んだのは、「人生は自分の心の在り方しだい」ということです。
しかし、若い私は、極端に捉えすぎた嫌いがありました。
「すべては自己責任」とか、「実質のないものに意味はない」とか…。
人に優しく接することすら、表面的なことなので意味がないと思ったりもしました。
人のために生きたいという気持ちは強かったのですが、表面的にはとても尖った人間に見えたと思います。

笑顔で人に接したり、優しい言葉をかけてあげることが苦手でした。
このブログのタイトルである「和顔愛語」は、実は私が最も苦手だったことなのです。

そんな私が、人生のタイムリミットを感じた今、和顔愛語を目標として生きたいと強く思っています。
どのようなことが書けるか、いつまで書けるか分かりませんが、お付き合いいただけましたら幸いです。

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